WBCを見て考えた「感謝と尊敬」の話【前編】

ベネズエラが優勝しましたね。
どの試合もハラハラドキドキの展開でした。
侍ジャパンも今回は負けてしまいましたが、
本当におつかれさまでしたと声をかけたい気持ちです。
ただ、ネットを見ていて
ふと考えたことがあります。
NPBも誹謗中傷に対する声明を出していました。
なぜ、
あれほど努力して戦っている選手に
誹謗中傷が向けられてしまうのか。
侍ジャパンの試合を見ていると
最初は多くの人がこう言います。
「すごい」
「感動した」
「世界一だ」
でも、それが続くと
少しずつ空気が変わることがあります。
勝っているときは称賛されるのに、
少しミスをしたり負けたりすると
途端に批判や誹謗の言葉が出てくる。
もちろん
スポーツですから
意見や批評が出ること自体は自然なことです。
でも、時々こう思うのです。
誹謗中傷は
本当に「当然」なのでしょうか。
WBCの舞台に立つ選手たちは
世界中のトッププレイヤーです。
そこに立つまでに
どれほどの努力や挑戦を
積み重ねてきたのか。
その背景を思うと
本来そこにあるべき言葉は
尊敬
なのではないかと思うのです。
人は不思議なことに
「すごいこと」が続くと
それを
当たり前だと思うようになります。
最初は感動していたことも
いつのまにか
「できて当然」
「勝って当然」
に変わってしまう。
そして
その瞬間に消えてしまうものがあります。
それが
感謝と尊敬。
当たり前だと思い始めると
人は努力の背景を見なくなります。
見えない積み重ねを
想像しなくなります。
すると
少しの失敗が
責める理由に変わってしまう。
称賛と誹謗は
実はとても近いところにあります。
その境目にあるのが
「当たり前」という感覚なのかもしれません。
WBCを見ながら
そんなことを考えていました。
そして実は
この話はスポーツだけの話ではありません。
私たちの身の回りでも
同じことが起きているのではないかと思うのです。
子どもたちと関わる立場だからこそ
この「感謝と尊敬」というテーマを
もう一度考える必要があるのではないかと思っています。
(後編につづく)
